コーチ山本ができるまで[自転車との運命の出会い編]

さてさて、コーチングサービスの始動をご案内したところで、そもそもコーチの山本とはどんなヤツなのか?

ストラーダバイシクルズの店頭でお話しした事のある方でしたらご存じかもしれませんが、はじめてお会いする方も居られると思いますので、ここらで集中連載「コーチ山本ができるまで」シリーズをお送りいたします。
って、以前にストラーダバイシクルズのホームページで公開したものの改訂版ですが(笑)なかなかのボリュームになる予定ですが、ぜひ、ご一読ください!

まずは、そもそも自転車との出会いから語らせていただきます。では、どーぞ!


1975年、昭和50年に滋賀県で生まれたワタクシ、社会に出た時には「もう昭和50年生まれが出てきたかぁ~」とちやほやされたのも今は良い思い出。。。すっかり中年に差し掛かっておりますが、人生で一番の肥満期を迎えたのが、社会人として落ち着きだした27歳の頃。

レーシングカートや四駆トライアル等、一見するとアクティブにみえる趣味に興じていた私ですが、勤務していたITベンチャーという仕事柄、食っちゃ寝食っちゃ寝を繰り返し、体重95kg、体脂肪率35%まで増加・・・
このせいかどうかはわかりませんが、左膝離断性骨軟骨炎というやたら難しい病名の病気により、正座やランニングが全くできない状態に・・・いわゆる完全なる「メタボ」という状況に陥っておりました。

痛々しい膝・・・

契機はその病気の手術でした。
4ヶ月に渡る入院生活により、歩く事にも困難となった私にお医者さんが言った「自転車でリハビリしなさい」と言う言葉が人生を大きく変えました。

そんなある日、新聞広告に入っていた「本格スポーツバイクショップ、誕生!」と言う折り込みチラシ。
そうです、2001年、ストラーダバイシクルズがオープンした時の広告だったのです。
折り込みチラシというおおよそスポーツバイクショップと結びつかない広告媒体ですが(笑)、このチラシが私の人生を大きく変えました。

時代は「アウトドア全盛期」、「コールマンのテントと一緒にMTBを買うのがオシャレ」な時代でしたので、自然と購入したバイクはMTB。
そんな最初の愛車はMONGOOSEのPOLICEモデル、今思うと廉価版のMTBでしたが、それこそ「清水の舞台から飛び降りる」って感じで購入したのを覚えています。

時代を感じさせます・・・

一瞬で「土の上を走る楽しさ」に虜になったワタクシ。週末は早朝からトレイルに突撃する生活に一変しました。
まぁ、良く乗りましたねぇ~
あれだけ重かった身体も軽くなり、アッと言う間にジーンズのサイズが変わってしまいました。

ハンドル幅が狭い!

時代は「MTBバブル」と呼ばれる時代。「街乗りでダウンヒルバイクを使うオシャレな美容師さん」がファッション雑誌の表紙を飾る時代でした。
とにかく数多くの「草レース」が開催されていた、そんなMTB全盛期。関西地方の草レースの草分けとも言えるのが「スーパービンゴMTBレース」でした。知ってる人、どれだけ居るかな?(笑)

Tシャツでレース参戦!時代ですねぇ

今は無き、SHONANオフロードエリアで開催されたこのレースに「一度、力試しで出てみよう!」と仲間と盛り上がり、エントリーしたのが運の尽き。

懐かしのスーパービンゴ!

すっかりMTBにハマり、週末の度に乗りまくっていた私ですが、な・な・なんと!初心者クラスで2位になっちゃったんですね。

生まれて初めての表彰台!キモチイー

こーなったら止まりません(笑)

以前にやっていたレーシングカートでは、スキルも重要ですが何よりも「機材」が一番重要。どんなに才能のある選手でも資金難によってステップアップ出来ないと言う現実を見せられた自分にとって、自転車という「機材スポーツだけど、最後は自分の力」という潔い世界は、とても魅力的に映りました。

「やったらやった分だけ、結果に出る」
そんなシンプルさが、眠っていた自分の「アスリート魂」を呼び覚ましちゃったみたいです(笑)

で、ハマってバイクも変わっています(笑)

折しも、ストラーダでは「ストラーダレーシング」がテンチョーと小西さんによって産み出された時代。
当時は「まっ黒なジャージにまっ黒なレーパン」ってのがほとんどだった時代に、真っ赤(テンチョー曰くサエコカラーらしい)なストラーダジャージを着て、あらゆる草レースに「出まく」りました。

いっぱい草レースが開催されてた頃ですね。

こーなったら止まりません(笑)

気が付けばフレームは「SPECIALIZED M5」、そして「GIANT XtC-NRS」に変わり、コンポーネントはフルXTR、ヘッドはクリキンでステムシートポストはTHOMSON、ホイールはMAVICのCROSSMAX・・・ああ、見事に購入時の面影は残っていません(笑)

ライディングもサマになってきたかな?

そして、今でも強烈に覚えているのがグリーンピア三木で開催された「シュインカップ」でテンチョーの「SCALPEL」に乗った時。
普通15分で周回するコースを2分も短縮・・・全く別次元の走りに驚き、その日の夜からカタログを暗記するほど読み込んだのが、CANNONDALEとの出会いでした。(ああ、SIEMENSカラーのスカルペル、むっちゃカッコ良かったなぁ・・・)

スカルペルとの衝撃的な出会い!

今思えば、見事にテンチョーの策略にハマっているんですが・・・
あ、ちなみにこの写真はテンチョー井上ですね。痩せてるなぁ・・・(笑)

そして、MTBのトレーニングとして始めたのがロードバイク。
トレーニング用として購入した「ANCHOR RNC3」で実業団レースにも出てましたが、とにかくビビりな私。。。

シマノ鈴鹿、逃げ切り優勝!

シマノ鈴鹿でも「集団の中に居るのが怖かったから抜け出したら勝っちゃった」という、今思うと意味不明に体力があった時代でした(笑)
ちなみにこの時テンチョーはテントでビール飲んで寝てたので、レース中の写真は無し(笑)


関西地方の草レースでそこそこ成績も出てきて、血気盛んでガツガツしていた、そんな頃・・・

テンチョーが言った「来年からJシリーズに出てみない?」と言うひとこと。

この一言が、完全に自分の人生の舵を大きく変えたのでした・・・(続)

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